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□    空折パロ小説

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ということで、空折の小説にちょっと手を付けるまえに、リハビリ?腕ならし?的に
空折ったーですすめられた「神父×男娼」を書いてみました。
前篇です。

 










――街には色んな人間がいて、教会に来る人間にはそれぞれの物語がある

 その物語を聞き、悩みを受け止め、そして解放に導くのが、神父であるキース・グッドマンの日課の1つだ。


 * * *


 様々な人種が入り乱れる大都市・シュテルンビルトにある小さなこの教会でも、ミサは常に開かれ、その都度違った瞳の人間がやってくる。
 ――ここに来ることで、少しでも心の平穏を得られれば
 そんな思いで、キースは今日もミサで人々に語りかけ、終わった後は子供たちと遊んだり、来訪者と語ったり等してひと時を過ごしていた。

「キース!もうイースターの準備始めたの?」

 子供の1人がきらきらした目で見上げてくる。
 ――そういえば、もうそんな時期か
 クリスマスが終わり、ニューイヤーを向かえ、春の訪れを知らせるのがイースターだ。
 キースは、しゃがんで子供の視線に顔の位置を合わせる。
「ああ、今年もウサギさんを呼ぶよ」
「えーっ、ウサギさん隠すの上手なんだもん!キースが隠して」
 イースターはウサギが卵を隠す――振りをして、勿論キースが隠しているのだが――、それを見つけるのが子供たちの一台イベントだ。
「私が隠したら、きっとマリーは手が届かないなあ。去年は何個見つけたんだったかな?」
「3個!届かない所に隠されたら、キースに肩車して貰うからいいもん」
「はは、私が手伝ったらウサギさんに怒られてしまうな。…ほら、お母さんが呼んでいるよ」
 そう言って、子供たちを親元に帰す。お昼御飯の時間がもうすぐやってくる。
 鐘の準備をしようか、とキースは立ち上がった。

 鐘の音は、殆んどの教会では現在電子音か、簡単なプログラミングを施して、自動で鳴るようになっている。
 それを、キースは毎日自分で鳴らしていた。
 なんとなく、1人で鐘台へ向かうのが好きなのだ。
 らせん状の階段を上り、小部屋につくとほっとした気持ちになる。
 ここには、誰も来る事がないと知っているからだろうか。
 その理由を深く考えることもなくキースは壁時計を見て、時間が正しい事を確かめてから太い紐をぐいとひっぱった。
 たちまち、大小の音がカランカランと響き、正午の音を街に響かせる。
 ――まあ、クラクションの音よりは
 小さいだろうが、気持ちが少しでも穏やかになればというのが、キースがこの鐘を響かせる理由だった。
 大小の鐘を一つずつ鳴らす事は困難だから、こうして太い紐をスイッチ代わりに引っ張るだけだが、それでも奏でられる音に、心を休ませてくれればと思うのだ。
 ――それに、ここに教会があるというのを知らせることもできる
 迷える子羊なんて言葉は今時誰も使わないが、それでもここに開かれた場所があるのだということを知らせたかった。
 正午の鐘。普通に働いている人間ならば、昼食を食べるべきだと気付かされる音でもあるだろう。
 そういうきっかけの一つであればと思うのだ。
 実際に鐘を聴いたから、なんて理由でやってきた人などいなかったが、当の本人であるキースがそんな理由で教会に足を踏み入れたのだから、やっている意味はあるだろうと信じている。
 ――いつか、誰かが来るかもしれない

 だが、キースはそれが今日、この時であるとは露ほども思っていなかった。


 * * *


 自分の城ともいえる鐘台から出て、聖堂に戻る。
 今日の後片付けをしようと入口の方へ向かおうとした矢先、淡い金色が目に入った。
 自分の黄色に近いゴールドブロンドとは明らかに異なる、繊細な色に、思わず目を細める。
 もしかしたら天使かもしれない、と少しだけ聖職者らしいことを思って、いやいやと首を横に振りながら近づいた。
 それはやはり人で、羽は生えていなかった。
 おまけに言えば、若い男性だ。恐らくは学生だろう。
 もしも祈っている人ならば、話しかけられるまではそっとしておこうと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。この年頃の男性が、教会に1人で来るなんてそもそも滅多にない。
 じっと腕を組み、目を強く瞑っている。眉間に寄せられた皺など、一体何に苦しんでいるのかというくらい影が濃い。
「……大丈夫かい」
「………」
 声を掛けるが、返事がない。
 どうやら、寝ているようだった。
 ――もしや
 と、一つの可能性に行き当たり、キースは険しい顔をした。
 普段ならば寝かせておこうと微笑んで終わりだ。そうできなかったのは、彼の身体がカタカタと震え、その首に尋常ならざる痣を発見したからで。
「君……」
「……い……」
「?」
 小声を必死に聞きとろうと、顔を寄せる。
 彼の顔はとても白く、まるで食べ物を食べていないかのように唇はカサついていた。
「……寒い……」
「…解った、とりあえず、ここから動こう」
 春先とはいえ、まだまだ聖堂の中は寒い。
 キースは有無を言わさず彼の腕を肩に回し、聖堂から彼を連れ出した。
 ――ん?
 支えた腰のあまりの細さに一瞬ぎょっとする。
 治安が悪いとはいえ、比較的裕福な層が集まるシュテルンビルトで、成長期の男子がこんなに細いのはいくらなんでもおかしい。
「…う……」
「君、しっかり」
 小さなうめき声をあげただけの少年を抱え、何とか聖堂を抜けキースの寝室まで運び寝かせた。
 横になった彼はくるんと身を丸め、膝に拳をつけるようにかたかたと震える。
 ――熱はあるだろうか
 痙攣はしていないから、恐らくは熱が上がる兆候で身体冷えているように感じているのだろう。
「…水と、解熱剤と、ああ、果物でもチョコレートでも」
 起きたら熱を測って何かを食べさせてから、必要があれば薬を飲んでもらおう。
 そのための準備をしなければ、とキースはキッチンへ向かった。


 * * *

 
 それから、彼が目を覚ましたのは1時間程経ってからだった。
 いつ起きても良いように書き置きをしてから一度教会のスタッフに声を掛けに出掛けたのだが、どうやら杞憂だったようだ。
 戻ってきてなおぐっすりと眠る彼に少しの不安と安心をおぼえ、とりあえずとベッド脇のソファに座り本を読むことにした。そしてその数分後、彼は目を開いた。
「……ん……」
「…起きたかい?」
「…っ!!!」
 パチっと目を見開き上半身を起こした彼に、キースは慌てて腰を上げた。
「大丈夫、教会の椅子で苦しそうにしていたから、ここまで連れて来たんだ」
 サイドテーブルに置いてあったタオルを渡すと、彼は不思議そうな眼でこちらを見上げてきた。
 訳もない。傍から見ればここが教会の敷地内かどうかなんて解らないし、キースの格好が聖職者のそれであること以外、言葉に確証を預けるものは無かった。
「……」
「…ここは教会の敷地内。私は神父のキース・グッドマン。君は聖堂で苦しそうに身を縮こまらせていたのでここまで連れてきた。熱があるようだったが、その汗なら多少は下がったかな?」
「……あ」
「声が枯れている。水をもってこよう。…リンゴは食べられるかな」
「……は、い」
 一応まともな返事が返ってきたことに満足して、キースは寝室を後にした。
 寝室の隣にある簡素なキッチンで水と、それから身体を拭くタオルの用意、それにリンゴの皮を剥いていると、キシ、と床が鳴る。
「寝てていいんだよ」
「……でも」
「気にしないでくれ。教会から出た所で倒れられていても私の心が痛い」
「……」
 納得はしてくれたようだが、彼は壁に背を凭れさせたままそこから動こうとしない。
「歩けるなら、こっちまで来て、水を飲んでほしい」
 随分と汗をかいていたようだから、というと、素直にとことことダイニングテーブルの上に置いてあるコップを手に取る。一口目こそ遠慮がちだったが、二口目、三口目とゴクゴク飲み、結局一気に飲み干されてしまった。
「もう一杯?」
「…すみません、僕」
「そのデキャンタから好きなだけ飲めばいい。キンキンに冷やしていても君の体に良くないと思ってね」
「…ありがとうございます」
 ――丁寧な返事だ
 こんな風に真面目に受け答えの出来る子が、どうして教会で1人震えていなければならなかったのか。
 その理由を考えあぐねながら、キースは切り終えたリンゴを出した。
「どうぞ」
「……イタダキマス」
「?」
「あ、いえ…」
 ジンクスみたいなものだろうか、彼は1人両手を合わせてそう呟いたあと、右手でリンゴを取り口に運ぶ。
 シャリ、という音が聞こえ、ゆっくりと、まるでもう何日もまともな物を食べていないかのような顎の動かし方でもって、彼は咀嚼を続ける。
 ――聖餐を食すかのような
 そんな速度と恭しさだ、とキースはぼんやり思った。
 ごくり、と1欠けを飲み込んだ彼は、じ、とキースの後ろを見る。なんだろう?と振り返ろうとすると
「……パスハ……?」
 と、言葉が呟かれた。
「?……ああ、イースターの時期だからね」
 一瞬、何語を言われたか解らなかったが、それが正教会風のイースターの呼び名であることを思い出し、キースは笑んだ。
 少なからず、神の側に居たことのある人間であれば、話がし易いはずだ、という確信も持って。
「ロシアの出身?」
「え、あ、…親が」
「そうか。復活のお祭りは、誰にとっても明るいものだ。食べるかい」
 キッチンには、まだ下塗りを施しただけの卵が並んでいる。試作品のようなもので、普段ならばキースが1人で片づけていた量だ。
「……もう、そんな時期でしたっけ」
 そう首を傾げる彼の言葉づかいは、気弱な少年の口調にしか感じられない。
 キースは内心でこの心優しいであろう少年に傷を付けた人間の事を哀しく思った。
「ああ、もうすぐそこの先の並木にサクラも咲くはずだ」
「サクラ……日本の花が、こんなところでも?」
「この近くに住む日本人コミュニティとの交流の一環でね、花を咲かせ始めたのはここ2・3年だが、殺風景だったこの辺りも随分と賑やかになったよ」
 人も増えてね、と言うと、彼はおもむろに視線を落とした。何かまずい事でも言ったかと思ったが、それほど悲痛な表情を浮かべていなかったので、彼の心を傷つけるような内容ではなかったようだ。
 ――ああ、そうか
 そういえば先程手を合わせた仕草は、日本人の食事のマナーのようなものだったろうか。よくよく見れば上着にもジャパンと刺繍があったし、恐らくはそういうのが好きな少年なのだろう。
 だが、はにかむ代わりにうつむいたのだとしたら、それはとても奥ゆかしいし、シャイすぎてむしろ心配になる。
「そういえば、君の名前を聞いてなかったね」
「あ、」
「言いたくなければ聞かないが、だったら君をタローとでも呼ぼう」
 日本人の名前でパっと浮かんだのがそれしかなかった。
 我ながら捻りがないと思ったが、どうやら彼のツボに入ったらしく、クスリと笑いが漏れる。
「……イワンです、イワン・カレリン…」
 ――初めに
 聖堂の片隅に座っている彼を、遠くで見た時の印象を思い出し、キースは少しだけ声がでなくなった。
「……イワン。そうか、イワンと言うのか、君は」
「はい、…あの、助かりました。ここ数日、まともにものを食べてなくて」
 ちらり、と覗く首筋には、やはり痣が残ったままだ。
 一体どんな事件に巻き込まれれば、まともに食事にありつけず、そのような傷をつけるはめになるのだろうか。
 気付けば皿の上のリンゴは全てなくなっていた。
「いや、食欲があって良かったよ。体調が悪いときには、何か食べないとどんどん悪くなるからね」
「…すみません」
「人には事情があるし、君が食べられなかった時期があったのは仕方がない。だが、もう済んだ事だ」
「……ありがとうございます」
「はは、さっきからそればかりだ。気にしなくて良いよ」
 これが仕事の様なものだから、と笑えば、イワンは困ったように眉を八の字にした。
 ある程度話をしたら、もう一度寝かした方がいいだろうな、と思う。そしてまた起きた時に、スープとパンを用意してあげたい。
 ――自分でも献身的な神父だという自覚があったが、
 そこまで素直にこうしたいと思ったのは久しぶりだな、と思った。
「…差支えなければ、どうしてここに?」
 思わず、そんな問いが口をつく。長い事この教会で働いてきたが、イワンのような少年を見た事は一度もなかった。
 イワンは、すこしキースから視線を逸らし、窓から見える聖堂の屋根を見つめた。その下にあるのは、鐘台だ。

「…鐘が」

 鐘の音が聞こえたからだ、と彼は呟いた。

 その声はとても小さかったけれど、キースには正午の鐘なんかよりも、もっとずっと強く心に響いた。

「………そうか、それは」
 嬉しい、とても嬉しいと言いたい気持ちを抑えて、キースはイワンのコップに水を注いだ。




<続く>

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