「よく自動車でトンネルを過ぎる時に、知らない人が乗ってたり脇を走ってたり、てあるじゃないか」
「信じてるのか?」
清瀬が訊くと、日野は肩を竦めた。
「都市伝説の取材がてら」
「…記者志望の割には適当すぎやしないか」
「俺は案外俗物だぞ?…実は、学園七不思議、が一番書きたいんだけどな」
「七不思議?」
「うちの学校、変な噂が絶えないだろ。ちょっと調べてみたら、余りにも行方不明の生徒が多いんだ」
普段とは違う声音に、清瀬は眉根を寄せる。楽しげな口調だ。まるで、準備していた数学の課題を当てられて、すらすらと答えられる時のような。
「…生徒数に比例してるんじゃないのか」
日野は如実に残念そうに眉を歪め、溜息をついた。
「…お前も、そういう見方をするんだな」
「可能性の話だろ」
なんだか言い訳のように、清瀬も言葉をつぐ。
「まぁいい。話を戻す。トンネルじゃない所でも、そういうのって起きるのかな」
「幽霊?さあ。でもデパートの駐車場とかも、結構怖い所ないか」
そう言った瞬間、日野は片眉をあげた。
「…怖い?」
「排気ガスの所為かな、角が変に黒い所あるだろ。ああいうの」
「あぁ」
「あと、車の間が狭いだろ、なんか、知らない人間が自分の家の車に近づくのって、どきっとしないか」
少なくとも、トンネルよりは可能性として高いんじゃないだろうか。
車の中で親を待っている間、知らない男がおもむろに覗き込んできたことがあって、子供心に怖かったのを覚えている。
思いだして小さく身震いした清瀬を、日野はくすりと笑った。
「…見知らぬ人が近くに居る、というのが怖い、暗い所も怖いか。自分からは見えないが、誰かからは見えるかもしれない」
「…」
「どうした清瀬。苦い顔をして」
日野は、清瀬がそういう感覚を、そういう視点を持てるということを知っているようだった。
知っていて、敢えて清瀬に問うのだ。
「…日野、お前は」
何を書きたいんだ、と開いた口は、その先を告げられない。
予鈴が鳴った。
しかし、日野の口は、チャイムが鳴っている間にも確かに動いていた。
「…学校でも、そういう瞬間はあるだろ?」
そう呟いて席に戻る日野の、ぶつぶつと何か計算しているような独り言が、どうにも清瀬には怖かった。
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