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今日のたかつさんにお勧めの空折は『キース(神)×イワン(教師)』です。


続きからどうぞ。



「やあ、今日もヴィオラを弾いてはくれないのだろうか」
 そう言って窓からひょいと入ってくる男は、言ってみれば非常に『変な』男だった。

 

 ――『かみさまがほしがるもの』――

 

 イワン・カレリンは、将来を約束されたヴァイオリニストだった。小さい頃から神童と持て囃され、一生をこの弦楽器と共にするのだとイワン自身も思っていた。
 だが、人生というのは一筋縄ではいかないもので、不慮の火傷から、プロとしての道を断たれてしまったのが5年前。
 それから何とか人前に弾けるようにはなったものの、イワン自身、あのスポットライトの下で演奏できる自身を完全に失ってしまっていた。
 今では恩師が手配してくれた全寮制の学校で、若い教師として教壇に立っている。
 ――そんな生活も、1年を過ぎると
 慣れた部分も出てくれば、やはり事件のようなものも起きる。
 イワンにとってのそれは、余りにも優しい事件だったが、滅多に起こり得ない体験だった。

 その日、イワンは自分で初めて作ったテストの採点をしていた。
 老音楽教師から教わった方法で作成した、やや古めかしいテストではあったが、基礎をきっちり詰め込んだテストは、イワンも気に入っていた。
 ――まあ、皆の成績が良ければ、もっと良かったんだけど
 やはり、自分の教え方が悪いのだろうか、いまいち点数が良くない。
 裏では学生たちから鉄面皮だのロシアの冬将軍だの好き勝手呼ばれていることは知っていたが、真面目にテキストを読み、曲を聞いていれば答えられる問題ばかりだ。この学校ではiPodや携帯も許可されているから、勉強する場所はどこにでもありそうなものだが。

「こんな綺麗な先生に教わっているのに、皆なんて勿体無いんだろうね」
「!」

 聞いた事のない声が後ろで響いて、思わず振り返る。
 そこには、窓の桟に足を掛けた、見るからに不審者が笑って片手を上げていた。
「やあ、気にしないでくれ。人間の真似をして入ってみたけど、やはり面倒だ」
「人間…?」
 気付くと、太陽の様な濃さを持った金髪の男は、いつの間にかイワンの横に居た。さっきキースが足を掛けていた窓からここまで、瞬き一つの間に移動できる距離ではない。
「…あなたは…」
「ちょっと時間が出来たものだから。ああ、キースとでも呼んでくれ」
 それは偶然にも答案用紙の一番上にあった名前と同じだったが、イワンは訝しがるでもなく、キース、と小さく口にした。
 キースはスーツを非常にだらしなく着ていた。ソフトな素材でできているジャケットは肘まで捲ってあったし、シャツに至っては襟がスーツの襟から出ていた。裾はかろうじてパンツの中に入っている。
「…ええと、来学期からここで働く方か何か」
「ちがうね。残念ながらそれはできない。だが、ここでこうして君の話相手をすることはできる」
「……別に」
 求めてないですが、と言いながら、イワンは自分が疲れているんじゃないかと思い始めた。
 とりあえず、やるべきことをしなければ、と採点を再開する。
 シャッと赤いペン先が走るのを、キースは面白そうに眺めていた。
「…君は、もう弾かないのかな」
「……ああ、もしかして記者の方?」
 あの人はどこ、何て番組で取り上げられそうになった時の事を思い出して、自嘲げに見上げれば、キースの青い瞳とかちあった。自分のくすんだ紫の瞳とは違う美しいブルーに、記者なんて汚れた仕事は似合わない、そう直感的に思った。
「…すみません、変な事を言って」
「いや、いいんだ。君の境遇を思えば、そういう解にもなるだろう」
「……?」
 ――やけに知った様な口をきく
 眉根を寄せれば、慌てたようにぶんぶんと首を横に振られた。
「ああ、気にしないで、続けて。そして、できれば日が沈まないうちに、私に何か一曲弾いてくれるととても嬉しい」
 日が沈むまでは、あと2時間程あるだろうか。それだけあれば、何か弾いて見せる事はできるだろう。
「一曲…」
「何でもいいよ。練習の音階だって構わない」
「そんな」
「ヴァイオリンじゃなくても、ヴィオラだって、ピアノだって良い。そういえば、声楽のテストで皆がいい成績をとれないのは、君のピアノが上手すぎるからじゃないのかな」
 聞き惚れてしまうんだろう、私の様に、とキースは笑った。
「…どこで僕のピアノを聞いたんですか」
 ヴァイオリニストとして名を馳せていた頃ならば、どこかで自分の演奏を聴いた事はあるだろう。だが、この全寮制の学校の一体どこから、部外者が演奏を聴く事が出来るのだろうか。
 答えは明解だった。
「空から」
「――……空?」
「ああ、しまった言ってしまった。言ってしまったなら仕方ないね。神なんだ」

 それから、殆んど毎日のように、イワンはキースという自称『神』から、音楽を奏でるようにとせがまれるようになってしまった。

 
 
 ――うっかり、彼の事を
 神だと信じたくなる時もある、とイワンはため息をつきながらヴィオラの手入れを始めた。
 教鞭を持つようになってから久しぶりに持ったヴィオラ――怪我をしてからはヴァイオリンよりヴィオラを持つようになっていた――は、やはり所々メンテナンスが必要になっていて、キースが来るようになってからも度々手入れをするようになっていた。
 イワンは、教師だけの暮らしをするよりは、キースの前で演奏する方がずっとストレスが軽減されている自分がいることにも気付いていた。
 どういう訳だが知らないが、キースの前では怪我をする前の様にするすると弦をなぞる事ができるのだ。興に乗って舞踏曲の一つでもふるまってやれば、キースも楽しそうにステップを踏む。
 ――でも、その音が
 キースのステップが、建物の外に響いた事はない。
 それとなく、学舎をうろつく金髪の男の事を尋ねたことがあったが、誰もそんな人を見た事が無いと言う。
 そして、極めつけが、『カレリン君は最近楽しそうに喋りながら演奏しているが、何か作曲でも始めたのかね』という老教師の言葉だった。いくら目が悪くなりつつある彼とはいえ、イワンが準備室で誰かと一緒にいれば、その人影を見ないだなんてことはありえないだろう。
 ――もしかしたら、本当に

「信じる気になったかな」

 いつものように窓からではなく、今度は真後ろに、彼は立っていた。
 ――もう、隠す必要は無くなったかとでも
 言いたげに、自信を持った笑みを浮かべて。
「…もしかして、」

 その髪が、どんな曇り空でもきらきらと輝いていたのも。
 その眼が、イワンの指をみるみる回復させてくれたのも。
 その声が、イワンの声を明るくしていったのも。
 ――全て、すべて

「貴方は、本当に…」
「君の奏でる音楽は天上の天使たちにも聞かせてやりたいくらいでね。でも、君の命を救いあげてしまうのは死神になってしまうようなものだから、では私が下界に降りようと」
「……そんな、まさか」
 輝く金髪の頭上に、ほのかに光るものはガラスの反射ではないはずだ。
「…君が普通の人間に接するのと同じように、私に接してくれたから」
 ぎゅ、とキースの、…神の腕がイワンを抱き寄せる。ヘラクレスの様に逞しい腕は、絵画の世界だけのものではなかったらしい。
「…貴方がそうと知ったなら」
「やめてくれ。私は、少なくともここにいる限りは」
「……」
 腕の力が強くなる。苦しい気持ちを抑えながら、イワンもおずおずと手を伸ばした。
 ――これが、僕に与えられた
 幸せだというのならば、それはもしかしたら一生を、そしてその先の全てを含んだ試練なのではないか。
 そう思わなくては持って行かれそうなほどの熱をもった視線から目をそらせないまま、イワンは神の口付を受けた。

「…ずっと君を一人占めしたかった」

 もう誰も喋る者の居ない言語で呟いて、キースはイワンの火傷の痕にゆっくりと唇を寄せるのだった。
 まるで、何かに謝罪するかのように、目を伏せて。

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